2024年05月31日 [日常あれこれ]
狂犬病ワクチン と 混合ワクチン 打たなきゃダメ?
こんにちは、獣医師の大野です。
春は動物病院が混雑する季節です。
暖かくなって出歩きやすいからと言うこともありますが、
一番の理由は犬の狂犬病予防注射を打ちましょうのハガキが届いたり、
蚊やダニやノミなどの寄生虫が活動を始めるので
これらの予防が必要になるためです。
毎年必ず聞かれる質問、多い時は1日に数回聞かれる質問がコチラ。
「混合ワクチンって打たなきゃダメですか?もう高齢なので打たなくて良いですよね?」
もしくは
「狂犬病注射って打たなきゃダメですか?もう高齢なので打たなくて良いですよね?」
この2つの質問、注射の種類を変えただけで同じような感じですが、
答えは全く違ったものになります。
というわけで、何度かお話したことがある気がしますが、
今回はもう一度おさらいして、この話題に関して書きたいと思います。
まずは混合ワクチンから。
混合ワクチン注射は、「〇種ワクチン」という風に言ったりすることもあります。
〇の部分には数字が入り、5種なら5種類の病気の予防ができるという意味です。
犬の場合は、ほとんどの病院が5種〜10種のどれかのワクチンを使用しており、
猫の場合にはほとんどが3種、たま〜に4種や5種を扱っている病院もあります。
当院では犬は5種と8種の2種類、猫は3種を扱っています。
時々犬の飼い主さんから「5種と8種のどちらが良いですか?」と聞かれることがありますが、
「その子によって違うが、基本的にはどちらでも良い」というのが答えです。
普通に考えたら「数字が大きい方が予防できる感染症の種類が多いのだから、
5種より8種の方が良いだろう」と思いますよね。もちろんこれも間違いではありません。
ではなぜ「どちらでも良い」という答えになるのか・・・。
予防接種で予防が可能な感染症をざっくり分類すると、
➀感染したら命を落とす危険性が高いので、何としても予防をしたい病気
と、
➁元気な子なら死にはしないけど、体が弱かったり高齢な子がかかるとなかなか面倒な病気
さらには、
➂感染したら死亡率も高く人間にも感染するけど、感染の仕方に特徴がある病気
の3つが存在します。
➀の感染したら命を落とす危険性が高い病気とは、
・犬伝染性肝炎
・犬ジステンパー
・犬パルボウイルス感染症
この3つの病気です。
発生頻度としては恐らくパルボウイルス感染症が一番多く、次いでジステンパー、
犬伝染性肝炎に関しては遭遇したことのない獣医師も結構いるようです。
幸か不幸か、私は上記の全ての病気に遭遇して治療をしたことがあり、
発生頻度が一番低い犬伝染性肝炎は、当院で、この地域で遭遇しました。
なので、本などに書いてあることではなく、私がリアルに触れ合った犬たちのお話を…。
犬伝染性肝炎にかかった犬は、血液の異常や元気食欲廃絶などの症状があり、
診断がつくまでは死を覚悟するようなときもありましたが、
1歳半のオスで元々健康体であり、大きめの中型犬であったため、
治療により大きな後遺症もなく復活しました。
一方、ジステンパーに感染したチワワは、最初は風邪のような症状から始まって
徐々に神経症状が出るようになり、けいれん発作などを度々くり返しては止まらず、
数週間後には亡くなってしまいました。
また、パルボウイルスに感染した柴犬も、ある日突然下痢と嘔吐が始まり、
1歳未満の仔犬だったこともあり、症状が出て翌日までには亡くなってしまいましたし、
その犬の排泄物から感染したと思われる同居の成犬や お散歩仲間たちにも感染が拡大しました。
死亡してしまったジステンパーとパルボウイルスに関しては
診断がついていなかったわけではなく、
診断が確定していた上にその病気に対して出来る治療もしっかり行っていましたが、
それでも病気の勢いが強く、助けることは出来ませんでした。
また、犬伝染性肝炎の犬とパルボウイルス感染の犬は、
生まれてから1度も混合ワクチンを打ったことがなく、
ジステンパーの犬は仔犬の頃に打っていたものの、
数年間にわたり接種をしていなかったので、効果が切れていたと思われます。
犬の場合にはこの3つがしっかり予防できていればひとまずOK、
混合ワクチンに含まれる他の病気に関しては、
勿論かからない方が良いに決まってますが、でもそっちは何とかなる!
とにかくこの3つには絶対にかからないで欲しい!というのが本音です。
ところで、先ほど3つに分類されるとお話したうちの3つ目、
感染したら死亡率も高く人間にも感染するけど、感染の仕方に特徴がある病気、
これ、めちゃくちゃ気になりますよね?これは
犬レプトスピラ感染症 という病気です。私はまだ遭遇したことがありませんが、
突然元気消失・食欲廃絶し、どこから手を付けてよいかわからないぐらい
腎臓も肝臓も機械で測りきれないほどの数値を叩き出し、
最終的には亡くなってしまうそうです。
更にこの病気が他の病気と違うのは、人間にも感染するということです。
日本には様々な感染症がありますが、その中でも
犬が対象動物に入っている届出が義務の感染症はこのレプトスピラ症だけです。
犬だけでなく人間も、重症化すれば死に至る恐ろしい病気です。
ただ、先ほど書いたように、この病気は届出伝染病に指定されており、
レプトスピラに感染した犬を診察した獣医師は、必ず保健所に届け出なければなりません。
ですから、もし千葉県内で発生があれば我々動物病院にもお知らせが来ます。
元々は西日本などの暖かい地域には多いようですが、
温暖化の影響なのか最近では千葉県での発生も比較的増えており、
令和4年では全国36件発生のうち5件は千葉県だったようで、
近い所では印西市や柏市の発生もあります。
流山市での報告は今のところありません。
主な感染源はネズミの尿で、直接ネズミを触らなくても尿だとどこにしているかわかりませんし、
台風などで水害が起きた際に発生が増えたり、ネズミの多い地域での農業従事者や、
河川敷などでキャンプをしたりレジャーを行う方達での発生が多いようです。
このレプトスピラ症が予防できるかどうかが、
当院が用意している5種と8種の大きな違いです。
もし河川敷で遊んだり旅行に連れて行ったり、
犬も一緒にキャンプを楽しみたいという場合には、8種の方が良いかもしれません。
どちらを選んだとしても、最初にお話した犬伝染性肝炎、犬ジステンパー感染症
犬パルボウイルス感染症は予防が出来ます。
一方猫の場合はほとんどが3種ワクチンになりますが、
3種ワクチンの中で「感染すると命を落とす可能性の高い病気」は1つだけ、
【猫パルボウイルス感染症】です。
症状は犬のパルボウイルス感染症とほぼ同じ、凶悪度もほぼ同じで、
仔猫や免疫力の低下した猫、体の弱い老齢な猫だと
1日で死亡してしまう恐ろしい病気です。
余談ですが、犬には犬のパルボ、猫には猫のパルボですので、
犬のパルボが猫に感染したり、その逆バージョンも生じないようです。
で、冒頭の質問に戻るわけです。
「混合ワクチン、打たなきゃダメですか?」
ダメかと聞かれれば、別にダメではないです。打たないからと言って
警察に捕まるとかそんなことはありません。
ただ・・・怖くないですか?
家から一歩も出さず、飼い主さんも自分の犬以外の犬に
触ることがないのであれば、先ほどの病気に感染する可能性は低いと思います。
でも、多くの犬たちはお散歩に行ったりしていますよね?
例えばパルボウイルスに感染した犬が排便をし、
便そのものは片付けてなくなっていたとしても、パルボウイルスは非常に強いため
半年間はその場所で生き続けます。
そこに犬が触れ、その足先を舐めたとしたらそれだけで感染成立です。
猫の場合は完全室内飼育だとセーフなこともありますが、
飼い主さんが猫カフェに行ったり、よその猫を触ったりすれば、
飼い主さん自身が媒介してしまう可能性があります。
パルボウイルスは石鹸で手を洗ったり、
便がついたところを洗濯したぐらいでは死にません・・・
ワクチンを打っていても感染はしますが、打ってさえいれば
基本的には死ぬほどのことにはなりません。
また新型コロナワクチンの時も、高齢な方や基礎疾患がある方から接種だったように、
高齢な子の方が病気になった時の重症度は高くなる傾向がありますので、
「高齢だから打たない」というのはちょっと・・・どうかな・・・?と思います。
時々こんなことを言う方がいます。
「そりゃ獣医さんはワクチン打ちなさいって言うわよね。
打たなきゃ儲からないし」
そんな時、多くの獣医師は「いやいや〜・・・」ぐらいで済ませますが、
腹の中で思ってることはたぶん違います。
儲かるかどうかに焦点を当てて考えるなら、恐らくワクチンなんて誰にも勧めないで
怖〜い病気を蔓延させて、みんなに感染してもらって、
生きるか死ぬかの瀬戸際で治療をしてもらった方が、
ワクチンを打つよりも数倍数十倍儲かります。
でもそういうことではないのです。
防ぐことが可能な病気にかかってしまった子が、
原因がわかっていて治療もしているのに亡くなってしまう、
ただ単純にそれが嫌なんです。
これは私だけではなく、獣医師誰もがそうでしょうし、
上記のような発言する人、獣医師を何だと思ってるんだろう…と思います。
正直それが患者さん本人の病気なら、
「じゃあ、一回かかってみ?超苦しいんだよ?」と思いますが、
実際病気に感染して生死の境を彷徨いながら辛い思いをするのは、
この発言をした本人ではなく、自分では選択できない立場にある動物たちです。
トラブルを回避するため、ほとんどの獣医師はそれ以上のアプローチを諦めます。
そして、「仕方ない、動物は飼い主さんの所有物だから」と割り切るようにします。
獣医師免許を持っていない自称:物知り一般人の方の中には、
ワクチンは必要ない、感染しても大丈夫!と言っている方もいます。
でも仮に感染して病気になった時、その人は何か責任取ってくれるのでしょうか。
治療してくれるわけでもなく、治療費を出してくれるわけでもない、
何の責任も取ってくれないその人を責めたくなるかもしれませんが、
本当に責任があるのはその無責任な人を信じた飼い主さんです。
仮に私が獣医師でなかったとして、ただの【のんさんの飼い主】だった場合を考えても、
もし私が予防を怠ってのんさんが感染して苦しんでいたら・・・
のんさんに申し訳ないですし、「次の子の時は気を付けよう」というより
「私はもう動物飼う資格ない」と自分を責めるのは間違いないです。
そしてもう一つ、自分の犬からお散歩仲間の犬たちに感染させてしまったら・・・。
自分の犬は何とか乗り切れたとしても、お散歩仲間の犬が亡くなってしまったら・・・。
合わせる顔なくないですか?
「うちも誰かから感染させられたし」って割り切れますか?
「うちから感染したとは限らないですよね?」って言えます?
勿論、ワクチンアレルギーが起きてしまう子たちも少なからずいますので、
誰もがワクチンを打つのが最良というわけではありません。
でも、アレルギーが起きてしまう子の場合、何もできないかというとそうではありません。
アレルギーが起きてしまう子にオススメしているのが、【ワクチン抗体価検査】です。
これは、体の中に例の3種類の病気に対抗する抗体が
どれぐらいの量含まれているかを血液検査で調べるものです。
もし、体の中に十分な抗体が存在しているのであれば打つ必要はないですし、
抗体が足りていないのであれば、いつ感染してもおかしくないものとして
次なる方法に進むことが出来ます。
あくまでも【検査】ですので、結果に応じて次のアクションは必要です。
抗体価検査の結果には大きく分けて3種類あります。
➀十分に抗体が存在するので、今打たなくても長期間安全と判断できるもの
➁抗体は存在するけど、長期間とまでは言えないのでひとまず1年は大丈夫なもの
➂抗体の量が少ないので、すぐに接種した方が良いもの
これはそれぞれの病気の抗体の量がどの程度であるかを別々で教えてくれます。
なので、犬伝染性肝炎は➀だけど、ジステンパーは➁で、パルボは➂、と出ることもあります。
この場合、すぐに接種をした方が良いのはパルボウイルスのみですが、
残念ながらパルボウイルス感染症だけの注射というものはなく、
一番少ないものでジステンパーとパルボウイルスの2種混合というものがあります。
ただし、伝染性肝炎が➂であった場合には、5種を打つしか方法がありません。
その場合であっても、ワクチンプロトコールというものがあって
アレルギーを起こさせないように、起きてもすぐに対処が出来るように
対策をして打つ方法があります。
余談ですが、先日のんさんの血液検査をするタイミングがあったので、
その際に一緒にワクチン抗体価検査をしてみました。
当院でワクチン抗体価検査をしている子は何匹かいますが、
ほぼ全てが犬なので、猫は初めてじゃないかしら・・・
結果は・・・
猫パルボウイルス感染症抗体価 1280以上
(80未満はすぐ打つべし 80〜120はとりあえず1年は大丈夫 160以上は数年大丈夫)
猫カリシウイルス感染症抗体価 256以上
(32未満はすぐ打つべし 32〜48はとりあえず1年は大丈夫 64以上は数年大丈夫)
猫ヘルペスウイルス感染症抗体価 128以上
(16未満はすぐ打つべし 16〜24はとりあえず1年は大丈夫 32以上は数年大丈夫)
というわけで、3種類すべてが抗体量がとても多く、数年大丈夫という結果に。
まあ、毎年欠かさず打ってましたからね。
なので、2024〜2026年のワクチンは打たない予定です。
検査代かかったけど3年分のワクチン代がかからなくなったので良しとしましょう。
↑やったあ!
って絶対に思ってない顔。院長の方が楽しそう。
混合ワクチンを打っていないと、ホテルやトリミング、ドッグラン、キャンプ場などの
利用が出来ないということも多々あります。時々
「私が通っているところは証明書なくても入れてくれるので、ワクチンはしません」
という方もいらっしゃいますが、良〜く考えるととても怖いです。
ワクチン証明書を持ってなくても入れる施設には、
ワクチンを打ってないために他の施設に入ることが出来なかった動物たちが沢山来ます。
もしそこで誰か1匹でも感染したら、その施設を利用した子はみな・・・
この先は言わずもがな。
コロナ禍を経て気付いたのは「ワクチンに対しては様々な考えがある」ということと、
「かなりセンシティブな話題である」と言うことです。
なので、たとえいつも一緒に散歩をする犬仲間であったとしても
「ワクチン打ってる?」なんて聞いた日にゃ、変な軋轢が生じることもあります。
ですから、何も聞かずに自分がしっかり予防するようにする、
というのが正解な気がします。
そういう意味では証明書提出義務がある所は当然打った子しかいないため、
変な空気になることはありませんのでこの点で考えても安全ですね。
まあいずれにせよ、混合ワクチンは任意ですので決めるのは飼い主さんです。
自分のペットに対して何が一番良いかを、よ〜く考えて飼い主さん自身が結論を出し、
その結果に責任を負うこと、それができれば全ての選択が正解です。
続きましては狂犬病予防注射。
この注射は混合ワクチンとは考え方が全く違います。
狂犬病は感染すると怖い病気だけれど日本では60年以上発生がない病気、
というのはよく知られている事実です。でも2024年の現在においても
・世界では未だに発生があり、
・年間5万人程度が死亡しており、
・発症すると致死率は100%と他のどの感染症より高く、
・いつ日本に入ってきてもおかしくない病気 と言うことも頭に入れておく必要があります。
狂犬病予防注射は何のためにするのか、それは犬たちを守るためではありません。
飼い主さんだけでなく、全ての人間を守るためにするものです。
私はよく「狂犬病予防注射は車検と同じ」と表現しています。
私の乗っている車、私の大事な相棒ですが、いくら私が
「すごく大事にしてる車で、エンジンルームにもチリ1つついてないですし、
朝から晩まで毎日磨いてますし、ゴールド免許で安全運転してます。
別に遠くまで運転しないし、古い車で車検に耐えられないかもしれません。
今までも故障なんてしないし、誰にも迷惑かけないですから、
私は車検はしたくないです。」
と御託を並べたところで、「じゃあ、車検しなくていいですよ」なんてならないですよね?
「車検やったらもしかしたら廃車になってしまうかもしれない」という状況だとしても
「じゃあ、廃車ですね」で終わりです。
「車検しない」のであれば、「じゃあ車は所有できませんね」となります。
何故なら、車検は私のためでも車のためでもなく、
私の行動圏内にいる全ての人の安全のためにするものだからです。
「車検、しません」とかいう権利、私にはないのです。それは
「他人の命なんてどうでもいい。私にはこの車が大事」というのと同じです。
こういう点で狂犬病予防注射は似ています。
狂犬病が日本に上陸した時に、国民を病気から守るためのもの、
それがこの予防注射の役割なのです。
ですから、「狂犬病予防注射、しません」とか、
それは飼い主さんが決めることではなく、法律で決めることなのです。
というわけで、冒頭の
「狂犬病注射って打たなきゃダメですか?もう高齢なので打たなくて良いですよね?」
この答えは
「いいえ、打たなきゃだめですよ」 となります。
病気で打つことが出来ない子に関しては、飼い主さんではなく
獣医師の診断が必要です。
獣医師が打てないと判断した場合には接種の猶予となりますが、
飼い主さんの自己判断は認められていません。
当院には毎年必ずと言っていいほど、
「うちの犬がよその人を咬んでしまいました」という方が現れます。
相手のケガの程度がどうであれ、犬が人を咬んだのであれば
基本的に犬側は加害者となります。
咬んだというトラブルだけでも大変なのに、もし仮に
狂犬病予防注射を打っていなかったとなれば、事態はさらに悪い方向へ。
それは今年2月に脱走した四国犬が人を咬んでけがをさせた事件、
あの時のことを思い出せばわかるかと思います。
確か飼い主は書類送検されたはずです。
この事件では被害に遭った方が本当に可哀そうだと思うのと同時に、
「犬と犬の飼い主の株を下げるようなことしやがって。何てことしてくれたんだ!」 と思ったものです。
でもこの注射もやはり色々ゴタゴタすることが多く、
「狂犬病予防注射は当局の陰謀(?)だ」とかいう人が一定数存在します。
陰謀論の方には何を言っても伝わらず、我々も悪の手先と見なされてしまうので一苦労です。
ただ、何度も言いますが、狂犬病予防は飼い主の義務ですからね。
集合注射はもう終わってしまっていますが、病院では1年中接種が可能です。
接種を希望される方は、役所から届いた封書を一緒にお持ちください。
流山市、柏市、松戸市の方は当院で代行登録を行っています。
但し、柏と松戸の代行登録は6月末までですのでお早めにお願いします。
◆◇おまけ◇◆
血液検査の結果について院長から説明を受けるのんさん。
中性脂肪を指摘されました。真剣な面持ちですね。
春は動物病院が混雑する季節です。
暖かくなって出歩きやすいからと言うこともありますが、
一番の理由は犬の狂犬病予防注射を打ちましょうのハガキが届いたり、
蚊やダニやノミなどの寄生虫が活動を始めるので
これらの予防が必要になるためです。
毎年必ず聞かれる質問、多い時は1日に数回聞かれる質問がコチラ。
「混合ワクチンって打たなきゃダメですか?もう高齢なので打たなくて良いですよね?」
もしくは
「狂犬病注射って打たなきゃダメですか?もう高齢なので打たなくて良いですよね?」
この2つの質問、注射の種類を変えただけで同じような感じですが、
答えは全く違ったものになります。
というわけで、何度かお話したことがある気がしますが、
今回はもう一度おさらいして、この話題に関して書きたいと思います。
まずは混合ワクチンから。
混合ワクチン注射は、「〇種ワクチン」という風に言ったりすることもあります。
〇の部分には数字が入り、5種なら5種類の病気の予防ができるという意味です。
犬の場合は、ほとんどの病院が5種〜10種のどれかのワクチンを使用しており、
猫の場合にはほとんどが3種、たま〜に4種や5種を扱っている病院もあります。
当院では犬は5種と8種の2種類、猫は3種を扱っています。
時々犬の飼い主さんから「5種と8種のどちらが良いですか?」と聞かれることがありますが、
「その子によって違うが、基本的にはどちらでも良い」というのが答えです。
普通に考えたら「数字が大きい方が予防できる感染症の種類が多いのだから、
5種より8種の方が良いだろう」と思いますよね。もちろんこれも間違いではありません。
ではなぜ「どちらでも良い」という答えになるのか・・・。
予防接種で予防が可能な感染症をざっくり分類すると、
➀感染したら命を落とす危険性が高いので、何としても予防をしたい病気
と、
➁元気な子なら死にはしないけど、体が弱かったり高齢な子がかかるとなかなか面倒な病気
さらには、
➂感染したら死亡率も高く人間にも感染するけど、感染の仕方に特徴がある病気
の3つが存在します。
➀の感染したら命を落とす危険性が高い病気とは、
・犬伝染性肝炎
・犬ジステンパー
・犬パルボウイルス感染症
この3つの病気です。
発生頻度としては恐らくパルボウイルス感染症が一番多く、次いでジステンパー、
犬伝染性肝炎に関しては遭遇したことのない獣医師も結構いるようです。
幸か不幸か、私は上記の全ての病気に遭遇して治療をしたことがあり、
発生頻度が一番低い犬伝染性肝炎は、当院で、この地域で遭遇しました。
なので、本などに書いてあることではなく、私がリアルに触れ合った犬たちのお話を…。
犬伝染性肝炎にかかった犬は、血液の異常や元気食欲廃絶などの症状があり、
診断がつくまでは死を覚悟するようなときもありましたが、
1歳半のオスで元々健康体であり、大きめの中型犬であったため、
治療により大きな後遺症もなく復活しました。
一方、ジステンパーに感染したチワワは、最初は風邪のような症状から始まって
徐々に神経症状が出るようになり、けいれん発作などを度々くり返しては止まらず、
数週間後には亡くなってしまいました。
また、パルボウイルスに感染した柴犬も、ある日突然下痢と嘔吐が始まり、
1歳未満の仔犬だったこともあり、症状が出て翌日までには亡くなってしまいましたし、
その犬の排泄物から感染したと思われる同居の成犬や お散歩仲間たちにも感染が拡大しました。
死亡してしまったジステンパーとパルボウイルスに関しては
診断がついていなかったわけではなく、
診断が確定していた上にその病気に対して出来る治療もしっかり行っていましたが、
それでも病気の勢いが強く、助けることは出来ませんでした。
また、犬伝染性肝炎の犬とパルボウイルス感染の犬は、
生まれてから1度も混合ワクチンを打ったことがなく、
ジステンパーの犬は仔犬の頃に打っていたものの、
数年間にわたり接種をしていなかったので、効果が切れていたと思われます。
犬の場合にはこの3つがしっかり予防できていればひとまずOK、
混合ワクチンに含まれる他の病気に関しては、
勿論かからない方が良いに決まってますが、でもそっちは何とかなる!
とにかくこの3つには絶対にかからないで欲しい!というのが本音です。
ところで、先ほど3つに分類されるとお話したうちの3つ目、
感染したら死亡率も高く人間にも感染するけど、感染の仕方に特徴がある病気、
これ、めちゃくちゃ気になりますよね?これは
犬レプトスピラ感染症 という病気です。私はまだ遭遇したことがありませんが、
突然元気消失・食欲廃絶し、どこから手を付けてよいかわからないぐらい
腎臓も肝臓も機械で測りきれないほどの数値を叩き出し、
最終的には亡くなってしまうそうです。
更にこの病気が他の病気と違うのは、人間にも感染するということです。
日本には様々な感染症がありますが、その中でも
犬が対象動物に入っている届出が義務の感染症はこのレプトスピラ症だけです。
犬だけでなく人間も、重症化すれば死に至る恐ろしい病気です。
ただ、先ほど書いたように、この病気は届出伝染病に指定されており、
レプトスピラに感染した犬を診察した獣医師は、必ず保健所に届け出なければなりません。
ですから、もし千葉県内で発生があれば我々動物病院にもお知らせが来ます。
元々は西日本などの暖かい地域には多いようですが、
温暖化の影響なのか最近では千葉県での発生も比較的増えており、
令和4年では全国36件発生のうち5件は千葉県だったようで、
近い所では印西市や柏市の発生もあります。
流山市での報告は今のところありません。
主な感染源はネズミの尿で、直接ネズミを触らなくても尿だとどこにしているかわかりませんし、
台風などで水害が起きた際に発生が増えたり、ネズミの多い地域での農業従事者や、
河川敷などでキャンプをしたりレジャーを行う方達での発生が多いようです。
このレプトスピラ症が予防できるかどうかが、
当院が用意している5種と8種の大きな違いです。
もし河川敷で遊んだり旅行に連れて行ったり、
犬も一緒にキャンプを楽しみたいという場合には、8種の方が良いかもしれません。
どちらを選んだとしても、最初にお話した犬伝染性肝炎、犬ジステンパー感染症
犬パルボウイルス感染症は予防が出来ます。
一方猫の場合はほとんどが3種ワクチンになりますが、
3種ワクチンの中で「感染すると命を落とす可能性の高い病気」は1つだけ、
【猫パルボウイルス感染症】です。
症状は犬のパルボウイルス感染症とほぼ同じ、凶悪度もほぼ同じで、
仔猫や免疫力の低下した猫、体の弱い老齢な猫だと
1日で死亡してしまう恐ろしい病気です。
余談ですが、犬には犬のパルボ、猫には猫のパルボですので、
犬のパルボが猫に感染したり、その逆バージョンも生じないようです。
で、冒頭の質問に戻るわけです。
「混合ワクチン、打たなきゃダメですか?」
ダメかと聞かれれば、別にダメではないです。打たないからと言って
警察に捕まるとかそんなことはありません。
ただ・・・怖くないですか?
家から一歩も出さず、飼い主さんも自分の犬以外の犬に
触ることがないのであれば、先ほどの病気に感染する可能性は低いと思います。
でも、多くの犬たちはお散歩に行ったりしていますよね?
例えばパルボウイルスに感染した犬が排便をし、
便そのものは片付けてなくなっていたとしても、パルボウイルスは非常に強いため
半年間はその場所で生き続けます。
そこに犬が触れ、その足先を舐めたとしたらそれだけで感染成立です。
猫の場合は完全室内飼育だとセーフなこともありますが、
飼い主さんが猫カフェに行ったり、よその猫を触ったりすれば、
飼い主さん自身が媒介してしまう可能性があります。
パルボウイルスは石鹸で手を洗ったり、
便がついたところを洗濯したぐらいでは死にません・・・
ワクチンを打っていても感染はしますが、打ってさえいれば
基本的には死ぬほどのことにはなりません。
また新型コロナワクチンの時も、高齢な方や基礎疾患がある方から接種だったように、
高齢な子の方が病気になった時の重症度は高くなる傾向がありますので、
「高齢だから打たない」というのはちょっと・・・どうかな・・・?と思います。
時々こんなことを言う方がいます。
「そりゃ獣医さんはワクチン打ちなさいって言うわよね。
打たなきゃ儲からないし」
そんな時、多くの獣医師は「いやいや〜・・・」ぐらいで済ませますが、
腹の中で思ってることはたぶん違います。
儲かるかどうかに焦点を当てて考えるなら、恐らくワクチンなんて誰にも勧めないで
怖〜い病気を蔓延させて、みんなに感染してもらって、
生きるか死ぬかの瀬戸際で治療をしてもらった方が、
ワクチンを打つよりも数倍数十倍儲かります。
でもそういうことではないのです。
防ぐことが可能な病気にかかってしまった子が、
原因がわかっていて治療もしているのに亡くなってしまう、
ただ単純にそれが嫌なんです。
これは私だけではなく、獣医師誰もがそうでしょうし、
上記のような発言する人、獣医師を何だと思ってるんだろう…と思います。
正直それが患者さん本人の病気なら、
「じゃあ、一回かかってみ?超苦しいんだよ?」と思いますが、
実際病気に感染して生死の境を彷徨いながら辛い思いをするのは、
この発言をした本人ではなく、自分では選択できない立場にある動物たちです。
トラブルを回避するため、ほとんどの獣医師はそれ以上のアプローチを諦めます。
そして、「仕方ない、動物は飼い主さんの所有物だから」と割り切るようにします。
獣医師免許を持っていない自称:物知り一般人の方の中には、
ワクチンは必要ない、感染しても大丈夫!と言っている方もいます。
でも仮に感染して病気になった時、その人は何か責任取ってくれるのでしょうか。
治療してくれるわけでもなく、治療費を出してくれるわけでもない、
何の責任も取ってくれないその人を責めたくなるかもしれませんが、
本当に責任があるのはその無責任な人を信じた飼い主さんです。
仮に私が獣医師でなかったとして、ただの【のんさんの飼い主】だった場合を考えても、
もし私が予防を怠ってのんさんが感染して苦しんでいたら・・・
のんさんに申し訳ないですし、「次の子の時は気を付けよう」というより
「私はもう動物飼う資格ない」と自分を責めるのは間違いないです。
そしてもう一つ、自分の犬からお散歩仲間の犬たちに感染させてしまったら・・・。
自分の犬は何とか乗り切れたとしても、お散歩仲間の犬が亡くなってしまったら・・・。
合わせる顔なくないですか?
「うちも誰かから感染させられたし」って割り切れますか?
「うちから感染したとは限らないですよね?」って言えます?
勿論、ワクチンアレルギーが起きてしまう子たちも少なからずいますので、
誰もがワクチンを打つのが最良というわけではありません。
でも、アレルギーが起きてしまう子の場合、何もできないかというとそうではありません。
アレルギーが起きてしまう子にオススメしているのが、【ワクチン抗体価検査】です。
これは、体の中に例の3種類の病気に対抗する抗体が
どれぐらいの量含まれているかを血液検査で調べるものです。
もし、体の中に十分な抗体が存在しているのであれば打つ必要はないですし、
抗体が足りていないのであれば、いつ感染してもおかしくないものとして
次なる方法に進むことが出来ます。
あくまでも【検査】ですので、結果に応じて次のアクションは必要です。
抗体価検査の結果には大きく分けて3種類あります。
➀十分に抗体が存在するので、今打たなくても長期間安全と判断できるもの
➁抗体は存在するけど、長期間とまでは言えないのでひとまず1年は大丈夫なもの
➂抗体の量が少ないので、すぐに接種した方が良いもの
これはそれぞれの病気の抗体の量がどの程度であるかを別々で教えてくれます。
なので、犬伝染性肝炎は➀だけど、ジステンパーは➁で、パルボは➂、と出ることもあります。
この場合、すぐに接種をした方が良いのはパルボウイルスのみですが、
残念ながらパルボウイルス感染症だけの注射というものはなく、
一番少ないものでジステンパーとパルボウイルスの2種混合というものがあります。
ただし、伝染性肝炎が➂であった場合には、5種を打つしか方法がありません。
その場合であっても、ワクチンプロトコールというものがあって
アレルギーを起こさせないように、起きてもすぐに対処が出来るように
対策をして打つ方法があります。
余談ですが、先日のんさんの血液検査をするタイミングがあったので、
その際に一緒にワクチン抗体価検査をしてみました。
当院でワクチン抗体価検査をしている子は何匹かいますが、
ほぼ全てが犬なので、猫は初めてじゃないかしら・・・
結果は・・・
猫パルボウイルス感染症抗体価 1280以上
(80未満はすぐ打つべし 80〜120はとりあえず1年は大丈夫 160以上は数年大丈夫)
猫カリシウイルス感染症抗体価 256以上
(32未満はすぐ打つべし 32〜48はとりあえず1年は大丈夫 64以上は数年大丈夫)
猫ヘルペスウイルス感染症抗体価 128以上
(16未満はすぐ打つべし 16〜24はとりあえず1年は大丈夫 32以上は数年大丈夫)
というわけで、3種類すべてが抗体量がとても多く、数年大丈夫という結果に。
まあ、毎年欠かさず打ってましたからね。
なので、2024〜2026年のワクチンは打たない予定です。
検査代かかったけど3年分のワクチン代がかからなくなったので良しとしましょう。
↑やったあ!
って絶対に思ってない顔。院長の方が楽しそう。
混合ワクチンを打っていないと、ホテルやトリミング、ドッグラン、キャンプ場などの
利用が出来ないということも多々あります。時々
「私が通っているところは証明書なくても入れてくれるので、ワクチンはしません」
という方もいらっしゃいますが、良〜く考えるととても怖いです。
ワクチン証明書を持ってなくても入れる施設には、
ワクチンを打ってないために他の施設に入ることが出来なかった動物たちが沢山来ます。
もしそこで誰か1匹でも感染したら、その施設を利用した子はみな・・・
この先は言わずもがな。
コロナ禍を経て気付いたのは「ワクチンに対しては様々な考えがある」ということと、
「かなりセンシティブな話題である」と言うことです。
なので、たとえいつも一緒に散歩をする犬仲間であったとしても
「ワクチン打ってる?」なんて聞いた日にゃ、変な軋轢が生じることもあります。
ですから、何も聞かずに自分がしっかり予防するようにする、
というのが正解な気がします。
そういう意味では証明書提出義務がある所は当然打った子しかいないため、
変な空気になることはありませんのでこの点で考えても安全ですね。
まあいずれにせよ、混合ワクチンは任意ですので決めるのは飼い主さんです。
自分のペットに対して何が一番良いかを、よ〜く考えて飼い主さん自身が結論を出し、
その結果に責任を負うこと、それができれば全ての選択が正解です。
続きましては狂犬病予防注射。
この注射は混合ワクチンとは考え方が全く違います。
狂犬病は感染すると怖い病気だけれど日本では60年以上発生がない病気、
というのはよく知られている事実です。でも2024年の現在においても
・世界では未だに発生があり、
・年間5万人程度が死亡しており、
・発症すると致死率は100%と他のどの感染症より高く、
・いつ日本に入ってきてもおかしくない病気 と言うことも頭に入れておく必要があります。
狂犬病予防注射は何のためにするのか、それは犬たちを守るためではありません。
飼い主さんだけでなく、全ての人間を守るためにするものです。
私はよく「狂犬病予防注射は車検と同じ」と表現しています。
私の乗っている車、私の大事な相棒ですが、いくら私が
「すごく大事にしてる車で、エンジンルームにもチリ1つついてないですし、
朝から晩まで毎日磨いてますし、ゴールド免許で安全運転してます。
別に遠くまで運転しないし、古い車で車検に耐えられないかもしれません。
今までも故障なんてしないし、誰にも迷惑かけないですから、
私は車検はしたくないです。」
と御託を並べたところで、「じゃあ、車検しなくていいですよ」なんてならないですよね?
「車検やったらもしかしたら廃車になってしまうかもしれない」という状況だとしても
「じゃあ、廃車ですね」で終わりです。
「車検しない」のであれば、「じゃあ車は所有できませんね」となります。
何故なら、車検は私のためでも車のためでもなく、
私の行動圏内にいる全ての人の安全のためにするものだからです。
「車検、しません」とかいう権利、私にはないのです。それは
「他人の命なんてどうでもいい。私にはこの車が大事」というのと同じです。
こういう点で狂犬病予防注射は似ています。
狂犬病が日本に上陸した時に、国民を病気から守るためのもの、
それがこの予防注射の役割なのです。
ですから、「狂犬病予防注射、しません」とか、
それは飼い主さんが決めることではなく、法律で決めることなのです。
というわけで、冒頭の
「狂犬病注射って打たなきゃダメですか?もう高齢なので打たなくて良いですよね?」
この答えは
「いいえ、打たなきゃだめですよ」 となります。
病気で打つことが出来ない子に関しては、飼い主さんではなく
獣医師の診断が必要です。
獣医師が打てないと判断した場合には接種の猶予となりますが、
飼い主さんの自己判断は認められていません。
当院には毎年必ずと言っていいほど、
「うちの犬がよその人を咬んでしまいました」という方が現れます。
相手のケガの程度がどうであれ、犬が人を咬んだのであれば
基本的に犬側は加害者となります。
咬んだというトラブルだけでも大変なのに、もし仮に
狂犬病予防注射を打っていなかったとなれば、事態はさらに悪い方向へ。
それは今年2月に脱走した四国犬が人を咬んでけがをさせた事件、
あの時のことを思い出せばわかるかと思います。
確か飼い主は書類送検されたはずです。
この事件では被害に遭った方が本当に可哀そうだと思うのと同時に、
「犬と犬の飼い主の株を下げるようなことしやがって。何てことしてくれたんだ!」 と思ったものです。
でもこの注射もやはり色々ゴタゴタすることが多く、
「狂犬病予防注射は当局の陰謀(?)だ」とかいう人が一定数存在します。
陰謀論の方には何を言っても伝わらず、我々も悪の手先と見なされてしまうので一苦労です。
ただ、何度も言いますが、狂犬病予防は飼い主の義務ですからね。
集合注射はもう終わってしまっていますが、病院では1年中接種が可能です。
接種を希望される方は、役所から届いた封書を一緒にお持ちください。
流山市、柏市、松戸市の方は当院で代行登録を行っています。
但し、柏と松戸の代行登録は6月末までですのでお早めにお願いします。
◆◇おまけ◇◆
血液検査の結果について院長から説明を受けるのんさん。
中性脂肪を指摘されました。真剣な面持ちですね。