[病気のこと]
2021年06月22日
歯石取りについての真面目な話
こんにちは、獣医師の大野です。
6月ももう少しで終わりですね。
6月が終わるということは、2021年も半分終わるということです。
やりたかったことまだ何もしてないや。
外からみえる掲示板担当の馬場さん、変えたようです。
テーマ:七夕
ん〜1年早いですね〜
6月といえば、過ぎてしまいましたが4〜10日あたりが「歯の健康週間」だそうです。
最近患者さんから「無麻酔歯石取りってどうなんですか?」という質問を受けることがあります。
正直、動物の歯石取りを無麻酔で行っている病院を、少なくとも私も院長も知りません。
行っているのはトリミングサロンのようなところが多いのだと思いますが、
私たち獣医師が【無麻酔歯石取り】をどう見ているのか、
また、動物病院ではなぜわざわざ全身麻酔の歯石取りをしているのか、
この機会に書ければと思います。とても長いですけれども、
少し難しい話もあるかもしれませんけれども、
書いているうちに感情が高ぶってややコーフンしてしまいました。
大事な話ですので、ぜひ最後までお読みください。
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「最近ペットの口臭が気になるな」という方は結構いらっしゃるのではないでしょうか。
内臓のどこかが悪くて口臭が出ることもありますが、
一番の多い原因は歯に沈着した【歯石】です。
↑白い歯の上にがっちりこびりついている茶色いものが歯石。
人間は最低でも1日1回はどこかのタイミングで歯を磨いていますが、
動物たちは自ら磨くことはありませんので、人間が手助けしてあげなければいけません。
動物たちの歯の日常ケアは、歯磨きガムなどが手軽ですが、
一番良いとされているのは歯みがきです。
ただ、「始めよう!」と思ってすぐにできるものではありません。
小さい時から少しずつ慣らしていって、途中喧嘩したり絶交したりしながら
なんとか身に着けていく技術です。動物にも人にも慣れが必要!
ご想像の通りそれは簡単なことではありません。
なにせ、毎日のことですし、動物たちはそれに何の意味があるのかを理解できません。
そして、まだ仔犬、仔猫のうちは驚くほど歯はキレイです。
今現在キレイな歯をしている中で、嫌がるケアを毎日するというのは
モチベーションの維持が難しいのです。
「・・・ま、いっか。なんか大変だし。この子の歯すごいキレイだし。別に今やらなくても」
となるのは自然と言えば自然です。
でも!
数年後にはそれはもうシッカリとガッチリと歯石がついてしまっていることに気付くのです。
「歯石がついてから頑張る!」という方もいらっしゃいますが、正直難しいです。
何故なら、そもそも歯磨きが嫌いでやるのが大変だから挫折してしまったのです。
それを今更になって、場合によってはグラグラする歯があって痛みが出てきてから
「さあやりましょう」と言ったところで受け入れてくれる動物はほとんどいません。
さらに残念なことに、【歯垢】と呼ばれるネバネバしたものは歯ブラシや歯磨きガムで取れますが、
【歯石】になってしまったものは硬くて歯磨き程度の力では取れないのです。
そこで必要になってくるのが【スケーリング】という処置です。
↑先ほどの写真の歯をスケーリングした後。
輝く白い歯が出現しました。
超音波スケーラーという専用の機械を使用して、機械先端の金属部分を超音波で細かく振動させ、
歯石を粉々に分解します。
↑上の歯は歯石除去し、下はまだ付いたまま。時間にして7分ぐらい。
まじまじと見たことはなくても、人間の歯医者さんでも歯石取りってしてくれますよね。
あれとほぼ同じと考えてください。
先端部分は細いので、歯周ポケットの中の歯石も可能な限り取ります。
もちろん、歯ブラシで難しい歯の内側や溝の間もきれいにします。
歯石が重度な場合、歯が歯石で支えられていることがあり、
歯石の除去をすると隙間ができて歯がグラグラすることがあります。
でも本来健康な歯は抜こうと思っても抜けるものではありません。
歯石を取ったぐらいでぐらついてしまうような歯は、残しても何かを嚙むたびに痛みが出ます。
なので、歯石を取った後、抜いたほうが良い歯は抜いてしまいます。
「歯を抜いたらごはんが食べられない」と思う方もいらっしゃると思いますが、
大丈夫です。ちゃんと食べられます。歯がなくてもハムハムしたりする子が多いです。
大自然で狩りをして、ガゼルとかシマウマとかしとめて生活させている場合はご相談ください。
実はこれでおしまいではありません。
さらに【ポリッシング】という作業をします。
分かりやすく言うと、歯についた細かい傷を研磨して表面を滑らかにすることです。
表面に細かい傷がある状態だと、その部分に汚れが付着しやすくなりますので
実はこの処置はとても大事です。
専用の歯磨き粉を使って、機械でしっかり磨いていきます。
↑磨いた後。
歯はキレイなのですが、飛び散った歯石と緑の歯磨き粉が・・・。
歯の処置としてはこれで終わりですが、この状態で麻酔を切ると
顔まわりがとてもかわいそうなことになっていますので、
麻酔を切る前に顔まわりだけシャンプーをします。
最後はドライヤーで乾かして出来上がりです。
ここまでが一般的に動物病院で行われている全身麻酔下での歯科処置になります。
全身麻酔をかけるので、事前に血液検査とレントゲン検査をしたりと
手間は増えてしまいます。
それなのに何故、獣医師は無麻酔での歯石除去を行わないのかというと、理由はいくつかあります。
@口の中のガーゼ問題
におい嗅げば分かると思いますが、歯石はとても汚いものです。
ひどい子だとドブのようなにおいがしたりすることもありますが、
間違いなく細菌がたくさんいます。
全身麻酔下で処置を行う際は粉砕した歯石や、機械から出る水が喉の方へ落ちて行かないように
ガーゼを口に入れて防御しています。
↑飛び散ったけどガーゼで受け止められている歯石の破片たち
気管にチューブを入れて人工呼吸器につないでいますので、
ガーゼを詰めていても呼吸はしっかり行うことができます。
無麻酔の場合には当然ガーゼを詰めることはできません。
なので、粉砕した歯石は当然口の中の方に飛んでいきますし、
場合によっては歯石や水が気管に入ってむせてしまい、
苦しい思いをさせることになります。
誤嚥性肺炎・細菌性肺炎を起こす可能性も十分あります。
➁鼻に水が入る問題
歯石を粉砕する際には超音波で衝撃を加えるため、熱が発生します。
なので超音波スケーラーは必ず、冷却水が出るようになっています。
したがってスケーリングをする際は顔まわりがビショビショになります。
全身麻酔下では鼻に水が入って行かないように鼻に詰め物をしています。
↑耳栓を小さく切ってつめています。水が入らなければいいので奥までは入れません。
無麻酔の場合にはできませんので、シンプルに鼻から水が入ると思われます。
➂精神的負担という問題
動物はなぜ自分が歯の処置をされているのか分かりません。
そういう点では幼稚園児ぐらいの感じだと思います。
しかも、重度に歯石がついている子は家で飼い主さんが行う処置ですら
やらせてくれない子が多いです。
想像してみてください。それほど嫌な処置を
よくわからない複数人の大人に、よくわからない理由で押さえつけられて、
口を無理矢理あけられて、謎の機械を入れられて、
口の中に水がたくさん入ってきて、顔まわりを水攻めされて、
鼻に水が入ったり喉の奥に歯石が飛んだりしてむせてしまっても、
「まだだよ〜」と押さえつけられて、痛い口の中をいじくりまわされる・・・
しかも1分や2分では終わりません。
どうしたって1時間ぐらいはかかってしまいますし、歯の裏側等は特に嫌なはずです。
当然歯周ポケットの中などはできません。
そしておそらく抜くべき歯があっても抜くこともできずに中途半端で終わります。
無理矢理抜こうとすれば当然痛いですし、顎の骨が折れることもあります。
➃痛みに対しての問題
ネットで【歯石取り】と検索すると、候補に【歯石取り 痛い】と出てきます。
何されているかわかっている人間でも痛いと感じる人がいます。
歯石を除去する器具は電動であろうが手動であろうが非常に尖っていて硬いものです。
動物は何をされているか分からないので、無麻酔の状態では当然動きます。
あの先端で口周りや、下手したら目に刺さったりする可能性もあります。
口の中の細菌を眼球に注入するようなイメージです。
➄獣医師・・・いるのかな?問題
先ほど無麻酔歯石取りをしている病院を知らないと書きましたが、
見かけない理由は@〜➃だと思います。
獣医師は無麻酔で行う危険性を理解していますので、
手間がかかっても全身麻酔で行うのです。
無麻酔で歯石取りをしているのは動物病院以外の施設が多いのですが、
ではそこに獣医師は存在しているのでしょうか。
例えば、毛のカットは仮にミスしても命にかかわるようなことにはならないと思いますが、
それでもプロのトリマーにやってもらいます。
皆さんだって、少〜し体の不調があった時に、
「大丈夫、俺がやってやるよ。今まで何人やってきたから。自信あるから。安いから」
と言われても、なんの免許も持ってない、どこからくるのかわからない自信だけある
謎の人物に自分の身を預けたりしませんよね?
一方で歯石取りは間違えば命にかかわるような事態になりかねません。
実際、近くの無麻酔歯石取りを行っている施設で処置をされた子が、
翌日に亡くなってしまったという話を聞きました。
その犬は私も院長も診察をしたことがある子で、性格的にはとても大人しくいい子でしたが、
嫌がって興奮している中で長時間押さえつけて処置を行ったことにより、
熱中症になってしまったようです。
その場に医療的な知識のある獣医師がおらず、判断ができなかったのだと思います。
仮にもし、処置中に意識や呼吸がなくなった時、
獣医師もいない、蘇生機械もない、薬剤もない、知識もない、何もない中で
どうするつもりなんだろうと思っているのが正直なところです。
万全を期しても不幸な結果になることはありますが、
危険と分かっていることを行う獣医師はいないと思います。
正直、無麻酔で行うぐらいならしなくていいんじゃないかなと思っています。
歯石がひどい子って確かにいますが、歯石がひどくて死んだ子って聞いたことありません。
もちろん事前の検査で麻酔に耐えられると判断ができれば全身麻酔下での処置をおすすめしますし、
仮に持病や高齢、費用などの問題でどうしても全身麻酔での処置ができなかったとしても、
口内環境を整えて口臭を抑えられるようなお薬やサプリメントもあります。
歯石取りをお考えの方は、院長でも、私でも、なんなら他の動物病院でも構いません。
物知り風一般人ではなく、ちゃんと免許を持った獣医師にご相談ください。
実は今回、ブログなかなか書けなかったんです。
ネタ切れで決まり文句の一行目しかかけずに投稿2日前になってしまいました。
でも折角6月だし、歯科処置のことでも書くか〜・・・と書き始めたんですが、
無麻酔歯石取りで亡くなってしまった犬のことを思い出しながら
書いているうちにだんだんイライラしてきてしまいました。
「明らかに危険なのに動物預かって無麻酔でやるなんて、
何考えてんの!無責任な!動物の命なんだと思ってんのよ!」
とか怒りを覚えながらPC叩いてたら2時間ぐらいで書けました。
しかもまさかの超大作・・・。
熱くなっちゃいました。クールダウンと癒しが必要ですね。
そんな時はアイツに登場してもらいましょう。
↓↓↓↓
先日視線を感じて振り返ったらのんさんがこんな顔してました。
目、歪んでるよ。大丈夫?